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音場調整資料 更新日 2007/06/21
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京都会館第一ホールにおけるラスク設置による音響特性への影響

実験日:昭和58年8月19日
京都大学建築学教室 古江嘉弘

この資料は、当時京都大学建築学教室の古江先生(現福山大学教授)が京都市観光局へ提出した報告書です。

はじめに

多孔質鋳鉄焼結板−「ラスク」−は、その制振性能、遮音性能及び吸音特性1)、 さらにその取り扱い易さゆえに、床衝撃音の遮断あるいは間仕切壁の遮音向上などに用いられたり、また主として音楽愛好家に よりオ−ディオシステムの性能向上あるいはリスニングル−ムの音響改善などのためにも用いられ、その効果が確認されている。 2)
このような音響性能をもつ「ラスク」を、2000人以上の収容能力をもつような大空間ホ−ルに設置した場合、ホ−ルの音響特性 あるいは聴感上どのような影響があるかを知るための予備的段階として、既存の大ホ−ル京都会館・第一ホ−ルを利用して、 「ラスク」の有無による影響を調査した。

1.京都会館第一ホ−ル概要

京都会館は、昭和35年4月、京都市左京区岡崎公園の一画に建設された市立の文化会館で、その中には2400人収容の第一ホ−ル、1300人収容の第二ホ−ルのほか、大小会 議室がある。(設計:前川国男設計事務所)
 第一ホ−ルは、設計当初、音楽専用ホ−ルとして計画されたが、着工後当局の方針変更により、多目的ホ−ルに変更された。そのため、多目的ホ−ルとしては、フライタワ−のない特殊な形状となっている。この第一ホ−ルは、昭和36年、48年及び53年に音響改善工事が実施されている。3)
  図1に第一ホ−ルの平面図、断面図を示す。

図1(1階平面図)
図1(2階平面図)
図1(断面図)

天井及びバルコニより上部の側壁はラス下地、モルタル塗プラスタ−、オイルペイント仕上で、バルコニより下部の、 後部側壁は6mm厚ベニア(一部有孔ベニア、下地ロックウ−ル25mm厚)である。前部側壁は柾カバ桜練付9mm厚難燃 ベニアで仕上げられた傾斜折壁となっている。また、ステ−ジには可動の反射板があり、ホ−ル全体の平面形が六角形 になるようにセットされる。ステ−ジ天井反射板は3枚組(可動)である。これらの反射板は、コンサ−ト開催時に 使用される。今回の調査でも、これらの反射板がコンサ−ト形式にセットされた。なお、室容積は20600m3、室内表面 積は5740m2である。

2.聴感試験によるラスクの有無の差異

2.1 ラスクの設置場所及び設置方法
幅300mm、長さ600mm、厚さ10mmのラスクボ−ド、6枚をアルミ枠に取り付けたラスクパ−ティション(P−6)(970W×1320H)が 24台、同様にラスクボ−ド9枚で組まれたラスクパ−ティション(P−9)(970W×1960H)が10台使用された。
P−6型は1階後壁、2階後壁にそれぞれ12台、P−9型は2階後部通路側壁面に10台設置された。両方とも既存壁面との 間隔は30mm程度である。

2.2 聴感試験の方法
まず、ラスクを設置した状態で、ステ−ジ中央(S2)のスピ−カ(YAMAHA)から音楽(3種)を再生し、被験者にその ”聴え方”を覚えるよう要請する。30分後、ラスクを除去した状態で、同一の音楽を聴かせ、聴え方に差異があるか否か、 差異があればどのような差異かをアンケ−ト用紙に記述させるという方法をとった。図2にアン ケ−ト用紙を示す。

図2(アンケート用紙)

試験音として用いた音楽は、英国BRS作製の無響室録音テ−プの一部で、プログラムの内容は以下のとおりである。

①Mozart :KV No.551 :2’
②Gibbons :Royal Pavane :1'37"
③Malcolm Arnold :Sinfonietta :2'06"
被験者は、男性15名で、音楽愛好家ばかりであった。

2.3 聴感試験の結果
被験者15名全員が、ラスクの有無による”聴え方” に差異があると答えた。アンケ−ト用紙に示された各被験者 の”聴え方の差異”に関する記述から、ラスクのない状態に比べて、ラスクのある状態では、どのように聴えるかを 要約して、聴取位置別に図1に示す。
今回の聴感試験結果から、京都会館第一ホ−ルにおけるラスク使用の影響は、1階席、2階席とも主観的に、
①とくに低音域で残響が少なくなる。
②とくに低音域で音量が減少する。
と要約される。

3.残響特性へのラスク有無の影響

ラスク有無により、残響時間に影響があるか否かを確認するため、以下に示すように 残響時間を実測した。

3.1 残響時間の測定方法
テ−プに録音された中心周波数125〜4000Hzのオクタ−ブバンドノイズをステ−ジ中央(S2)に設置したスピ−カから 発生させ、客席6点(⑤、⑥、⑩、⑪、⑫、⑬)で騒音計(RION)に受音し、テ−プレコ−ダ(SONY)で録音する。
その録音テ−プを用いてレベルレコ−ダ(B&K)により残響過程を記録し、残響時間を読み取るという通常 の方法を用いた。測定回数は、各受音点で、125、250Hzに対しては各10回、500〜4000Hzに対しては各5回とした。

3.2 残響時間測定結果
ラスクを設置した状態とラスクを除去した状態での第一ホ−ルの残響時間測定結果の平均値を標準偏差ととも に図3に示す。

図3(残響時間)

から明らかなように、実測値をみるかぎり、ラスクの有無による残響特性の変化はみられない。
これは、予想されたことではあるが、室容積20600m3、室内表面積5740m2におよぶ大ホ−ルに対して、 設置したラスクの総面積は42m2にすぎないため、たとえ吸音力の増減があるとしても、計測できないためである。

4.短音応答に対するラスク有無の影響

ステ−ジから発せられた音が受音点まで、どのような時間経過を伝達されるかをみるため、以下のように短音応答波形を計測した。

4.1 短音応答波形の計測方法
ステ−ジ中央(S2)で、競技用ピストルの爆発音を発生させ、受音点(⑤、⑩、⑫)でテ−プに録音、それを トランジェントレコ−ダ(理研電子)でAD−DA変換して、X−Yレコ−ダ(横河)で記録するという簡便法を用いた。

4.2 短音応答波形の計測結果
同一受音点で計測したラスク設置時と除去時での結果を図4(a)〜(c)に示す。 なお、サンプリングタイムはすべて50μsecで、全記録長でおよそ200msecに相当する。ピストル音の再現性は、 厳密には保証されないが、同一条件下での3回の記録をみる限り、無限できるものとして、各条件でそれぞれ1記録のみを示した。
から明らかなように、ラスク有無による短音応答に対する顕著な差異は認められない。

図4(a)
図4(b)
図4(c)

5.むすび

既存の大ホ−ルを利用して、ラスク設置の音響特性に対する影響について調査を行った。当ホ−ルの現状は次のと おりである。生音及び再生音は、1階客席中央部と2階客席正面が比較的に良い音で聞くことができるが、 500Hz以下の音圧分布に顕著な乱れが生じるためか、その領域では不明瞭な音となり、単発音に対してはエコ−現象 が現れ易くなる。今回のラスク設置実験は、これらの不明瞭な音を幾分かでも取り除ける事を期待したものである。
昭和57年3月に天井反射笠の吸音材ロックウ−ルを張替え、同時に振動による落下防止のための補強工事を実施した。 この結果音響改善をすることができたが、今回のラスクによる音響実験はその改善後であったため、際立った効果は 期待できないにしても、京響演奏会・吹奏楽・持ち込みPA音響など、比較的大音響の場合、聴感上良く改善された。 特に、低音の籠りが無くなり、反射音もほとんど感じず、何となく「スッキリ」した感じとなった。
また、オ−ディオ周波数が重畳した複合音では、特にスッキリした感じになったが、これは低音が良くなったので、 低音と中高音とのバランスが良くなったのではなかろうか。確かに、今迄の音響改善工事で物理的な諸特性が改善され、 聴感上も良くなったが更に前記の反射笠改修とラスク設置による音響改善は特に効果があったと思われる。
このように、聴感試験では、ラスク有無の影響ははっきり認められたにもかかわらず今回の物理測定においては、 それと対応する結果が得られなかった。
これは、測定に利用したホ−ルの大きさに対して、使用したラスクの量が少なかったためと思われる。
また、ラスク設置場所も限られていたため、聴感試験結果と物理量との対応について考察することは困難である。
今後、この種の検討を行うに際しては、もっと単純な形状の室で、ラスク設置条件の変更可能な状態で、行われる 必要があろうし、音質を評価するための心理的実験をも合わせて行う必要があるのではないかと思われる。

文献
1) 津田昌利:吸音材料として最適−多孔質鋳鉄の製造とその2、3の特性−、「金属」1980年12月号
2) 木下正三、石渡義夫:新吸音材”ラスク”の測定とヒアリング・テスト、「無線と実験」1980年10月号
3) 古江、翁長、松浦:京都会館の音響改善、音響技術、1981.5.No.34