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音場調整資料 更新日 2007/06/21
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ラスク設置による室内音響特性の調節と音質評価について

第3回報告(最終)


難波精一郎・桑野園子

Ⅰ. 実験1

1.はじめに
音楽は一般に室内で聴取される機会が多いが、壁面(床、天井)および種々の家具の表面からの反射音は 音の時間構造を変化させる。コンサート・ホールに関しては、種々の検討が行われ、残響時間、初期反射 音の遅れ時間等の要因が音場の好みに影響を与えることが知られている(例えばSchroder他1)、 安藤他2))。本研究では、室内に反射板を設けることによって、 直接音と初期反射音の関係を変化せしめ、結果として生じる信号の振幅エンベロープの変化が音色に影響を与 えるか否かの検討を試みた。この際、反射板の位置等の視覚的印象が判断に影響を与えるおそれが予期されたので、 簡易ダミーヘッドを用いてバイノーラル録音を行い、ヘッドホン受聴により音源の評価を行った。このダミーヘッド を写真(省略)1に示す。また実験に用いたバイノーラル録音・再生ヘッドホン(ビクターHM200)を図1に示す。 このヘッドホンを用いて、大坪・手嶋・中溝3)が方向定位の実験を行ったが、 図2に示すように方向定位はかなり正確にできている。特に頭が自由に動かせる条件では正確である。なお、 このヘッドホンを用いて実験に参加した被験者全員が本ヘッドホンの場合音像の頭外定位がかなり明確であると報告した。 これらのことは、このヘッドホンが音像の空間定位に関してかなり良くできていることを示唆している。 なおヘッドホン受聴による音色の変化が問題になるが、それよりも反射板の存在や位置等の視覚的情報の方がより 判断に大きく影響を与えるおそれがあること、また空間音響条件をかえるために反射板を移動するのに時間がかかり、 このいわば刺激間間隔の大きさが判断を困難にさせることを勘案し、バイノーラル録音したテープを編集してヘッドホン受聴し、 各条件間の比較判断という方向をとった。
なお、ヘッドホン受聴による音色変化については実験2で取り扱う。

図1
図2

2.実験
1)刺激の選定
種々のCDを試聴し、音場の差を弁別しうると思われる音源を4種(1.モーツァルト作曲: ピアノ協奏曲No.23 第3楽章、2.ヘンデル作曲:水上の音楽、3.ブラームス作曲: ピアノとチェロのためのソナタ第1楽章、4.ベートーベン作曲:第9交響曲第4楽章)を選択した。 このCDをRO1・RR1・RA1、RO2・RR2・RA2条(図3,4参照。RO:ラスクなし、RR:ラスク2枚設置、 RA:ラスクのかわりにアコーディオンカーテンを2枚設置。1:図3、2:図4の配置に対応)で再生し、 バイノーラル録音(Victor Binaural headphone−Mic Stand)し、磁気テープを編集することによって、 1対比較用の刺激テープを作成した。

図3,4

2)聴感実験
ヘッドホン(Victor HM200)を通し、防音室内の被験者に呈示し、下記の方法で判断を行った。

条件1:1対呈示後直ちに対のどちらの音がよいか判断。1−1,1−2の2試行行った。
条件2:Schoroderにならって、対を被験者の要求する回数だけ反復呈示し、対のどちらが良いか判断。
条件3:配置 R02・RR2・RA2条件で反復呈示後判断。判断は”金属性の−深みのある"の次元による。

3)被験者
条件1は20才〜50才代の男性2名、女性4名、計6名。条件2,3は20才〜50才代の男性1名、女性4名、計5名。

4)実験室
大阪大学教養部心理学教室防音室

3.結果と考察
結果1を表1に示す。より好まれた頻数をみると、ラスクを反射板に用いたRR条件が最も好まれ ていることがわかる(危険率5%で有意差あり:サインテスト)。今回用いたRR条件は、前回中間報告における R2条件(図5)にならったものである。前回報告で述べたように、メモリー・スコープ(kikusui 5516T) による測定の結果、音源(ラウドスピーカ)背後と受音点背後に反射板を設置した本R2条件が、 反射板を設置しない場合と比べて、もっとも振幅エンベロープの形に変化が現れることが分かった。 また、この効果は楽器音と類似の速い立ち上がり(1msec)と相対的におそい減衰時間(25msec)を持つ衝撃音を 用いて確認された。すなわちRR条件に直接音と反射音が良く融合し、もとの振幅エンベロープの形を比較的 よく保存している。またエコーの量も少ないように思える。なお音場の評価は微妙であり個人差、 音源の種類の影響を考慮に入れたデータ処理法が必要と思われる。音色の変化に影響を及ぼす使用ヘッドホン、 マイクロホンの特性の問題等方法論上の問題点については実験2で検討を行う。

図5
表1

Ⅱ.実験2

1.はじめに
実験1で示したように、マイク付ヘッドホンによるバイノーラル録音された音を再生し、 判断することによって音場の視覚的影響を排除することができた。また刺激時間間隔を短くと ることによって、音場の評価が容易になることが明らかになった。また、音源と受音点の背後 にラスクを配置した音場が好まれることが分かった。ただし、実験1では原音場とバイノーラル 録音された音の間の音色の差異については検討されていなかった。
この比較検討を物理的に行うには多くの問題点がある。むしろ聴感によって原音場での音と、 その音場でバイノーラル録音・再生された音を直接比較し、その差異を尺度化し、その差異に 基づいて音場をかえることの効果が大きいか否か検討するほうが意味があると思える。
そこで、下記のような手続きにより、この原音場とバイノーラル録音・再生音の比較を行うと 共に、ラスクのいかなる配置が好まれるかの検討を行った。

2.実験
1)刺激の選定
ラベル作曲:ボレロの一部を用いた。CDで同じ個所を繰り返し再生しながら、 増幅器(Victor A−X77)、スピーカ(Bose 101MM)を通して被験者に呈示し、各被験者が装着したヘッドホン (Victor HM200)に取り付けたマイクロホンで受け、テープレコーダー(Technics RS1500U)で録音した。

2)音場の選定
ラスク、および反射板を種々の位置に配置し、物理測定、並びに試聴を行いながら、表2 に示す7通りの音場を選定した。条件3は部屋のコーナーにスピーカを置いた場合、条件4は部屋の コーナーにリスナーがいる場合を想定。条件2、および6は前回R2,RR条件と類似。

表2

3)被験者
正常聴力を有する男性4名、女性1名、計5名。

4)手続き
(1)音場受聴とヘッドホン受聴の比較
各音場条件ごとに、スピーカから呈示された音と、ヘッドホンに取り付けられたマイクロホンを 介して録音・再生した音とを比較し、表3に示す5段階の評定を行った。
(2)絶対判断による評定
各被験者が装着したヘッドホンのマイクロホンを介して録音した音を同じテープレコーダ、 同じヘッドホンを用いて再生することにより、音場に関する視覚的手掛かりのなくした状況下で、 それぞれの音場条件で録音した音をランダムな順序で単独に呈示し、判断を求めた。用いた評定用紙を表4に示す。
(3)一対比較法による評価
7つの音場条件で録音した音を2つずつ対にして呈示し、被験者は表5に示す用紙を用いて、 各対の音質の評価を行った。

表3,4,5

3.結果
1)測定と分析
物理的測定にはファンクションジェネレーター(NF DF191)より発生させた三角波(周期10msecの1波)を用いた。 時間制御はリアルタイム刺激反応計測装置(Mori OM1000)で行い、増幅器(Yamaha CA X11)、 スピーカ(Bose 101M)を通して呈示した音を、各音場条件ごとに、マイクロホン(B&K 4144)で受け、 PCMテープレコーダー(Technics SV−P100)に録音した後、FFT(Ono−sokki CF400およびCF910)で分析を行った。 結果を図6(原波形の時間パタン)、図7(原波形のスペクトル)、写真2〜8(省略)(各音場条件の波形の時間パタン)、写真9〜15(省略)(各音場条件の3次元スペクトル)、および表3に示す。

図6
図7

2)聴感実験の結果
a)原音場とヘッドホンの音との比較
原音場(スピーカの音)とヘッドホンの音を聞き比べた時の差は、5段階尺度で評価して平均0.8で 1カテゴリー内におさまり、それほど大きいとはいえない。ただし、ラスク配置条件によってこの差 は0.4から1.4に広がり、条件1と6では1カテゴリーを越えている。
b)絶対判断(5段階尺度によるカテゴリー判断の結果)
条件6の評価が、美しさ、豊かさ、明瞭さ、かたさ、のすべての点で高い。
c)一対比較(Scheffeの方法による)
条件6が他の条件と比べてもっとも音質が良いとされ、条件7がこれに続いている。一方、悪い方では 条件4がもっともマイナス点が高くついで条件1である。

4.考察と結論
1)ラスクを設置することによって、音場で記録した振幅エンベロープの形(波形)は大きく変化する。
2)ラスクを音源と受音点の背後にそれぞれ設置した場合(R2条件、RR条件、条件6など:図3〜5参照)、直接音と反射音がよく融合し、もとの振幅エンベロープ(電気信号)の形をよく保存している。また、直接音と全く分離した形のエコーの量は少ないように見える。
3)ラスク等、種々の反射板を設置することによって変化させた条件下において、バイノーラル録音・再生した音について音色評価を行ったところ、上記条件の場合の音色がもっとも好まれた。
4)実験2のすべての条件にラスクを使用したが、各条件間の好みの差は、原音場における音色とその音をバイノーラル・ヘッドホンを通して聞いた場合の音色の差以上に大きかった。このことは、a)バイノーラル・ヘッドホン受聴によって音場の評価が可能ということ、b)同じラスクを用いても適切な配置でなければ、よい効果は期待できないことを意味する。
5)これまでの一連の測定、実験で、ラスクの配置と音場の変化、本実験に限っての最適なラスクの設置条件、音場における音色の変化をとらえる心理的測定法の開発は行えたと考える。
6)残された問題として、さらに精密な音場の変化の測定、定量化の手法があるが、このためには性能のよりすぐれたバイノーラル録音・再生のシステムを開発する必要があろう。また今回得られた知見をさらに大規模なコンサート・ホール等において検証する必要があるが、本課題については、京都芸術音楽学部浅井憲教授を中心とするチームにおいて実験される予定である。

引用文献
1)M.R.Schroder、D.Gottlob and K.F.Siebrasse, "Comparative study of European concert hall:correlation of subjective preference with geometric and acoustic parameters", J.Acoust.Soc.Am.,56, 1195-1201(1974).
2)安藤四一・大寺一弘・浜名祐志、”オーディトリアムにおける最も好ましい残響時間に関する実験”、日本音響学会、 39、89-95(1983).
3)H.Otsubo, T.Teshima and S. Nakamizo, "Effects of head movements on sound localization with an electronic pseudophone", Jpn. Psychol, Res., 22, 110-118(1980).